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福岡地方裁判所 昭和47年(行ウ)8号 判決

原告 野上ツヤ 外三名

被告 直方税務署長

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が原告らに対して昭和四五年九月八日付でした原告らの同四二年四月二七日相続開始にかかる相続税についての別紙目録(一)記載の再更正のうち、同目録(二)記載の金額を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの先代野上辰之助は昭和四二年四月二七日死亡したので、その相続人である原告ら並びに訴外野上恭敬、同野上恭男、同野上哲則及び同野上敬治について相続が開始した(ただし、右野上恭敬は相続権放棄)。

そこで、原告らは同年一〇月二七日被告に対し、右相続による相続税の申告をなし、さらにその後右申告に誤謬があることを発見したので同年一一月二七日被告に対し更正の請求をなした。

2  ところが、被告は昭和四四年六月一四日、右相続税の取得財産価額、課税価額及び納付すべき相続税額について、原告らの請求を上回る左記のとおりの更正をなし、その旨を同年六月一五日に原告らに通知した。

原告

取得財産価額(円)

課税価額(円)

納付すべき相続税額(円)

野上ツヤ

八七、〇一四、七五二

八三、七六九、〇〇〇

三〇、〇六〇、一〇〇

有馬マサ子

三二、七八三、二一二

三一、四八五、〇〇〇

一一、六六三、九〇〇

平野智寿子

右同

右同

右同

野上倉之助

三三、一三八、一〇四

三一、八四〇、〇〇〇

一一、七九五、四〇〇

3  しかしながら、原告らは後記理由により被告の右更正を承服できないので、同年七月一五日被告に対し右更正について異議の申立をしたところ、これは同年一〇月七日棄却された。そこで原告らは同年一一月七日更に福岡国税局長に対し審査請求の申立をしたが、これまた棄却され、原告らは昭和四六年一二月二五日その旨の通知を受けた。

なお、右審査請求棄却に先立ち、原告らは別に申告漏れの相続財産(銀行預金)があることを発見したので、その旨申告したところ、被告は昭和四五年九月八日原告らの相続税の取得財産価額、課税価額及び納付すべき相続税額について、別紙目録(一)記載のとおり再更正をなした。したがつて、前記当初更正は右再更正に吸収されたから、原告らの不服申立は右再更正にも及ぶものである。

4  原告らが被告のなした当初更正したがつて再更正に承服できない点は以下のとおりである。

(一) 原告らの先代野上辰之助の遺産の中には、野上鉱業株式会社及び船尾鉱業株式会社の株式(前者の株式数五七六八株、後者のそれは三五万六〇九六株、前者の相続開始時における一株あたりの時価五三五三円、後者のそれは一五一円、時価合計八四六四万六六〇〇円)について、委託者右野上辰之助、受託者谷原貢外二名との間で締結された株式信託契約にもとづく信託受益権が含まれているのであるが、被告は、本件再更正にあたり、右信託受益権の相続開始時における時価が信託財産である右株式の時価そのものであると評価した。したがつて、被告の本件再更正における各原告の取得財産額中には、右信託受益権の取得分として原告野上ツヤについて二八二〇万一八九八円、その他の原告について各一一二九万〇八九〇円がそれぞれ含まれている。

(二) たしかに、相続税財産評価に関する基本通達の二〇二の(1)及び(2)によれば、信託財産について元本および収益の受益者が同一人である場合は、信託財産の時価をもつて評価すべき旨の定めがあるが、これは、委託者が信託利益の全部を享受する場合において委託者またはその相続人がいつでも信託契約を解除することができるという信託契約の原則的な事案(信託法五七条、五九条)にのみ妥当するものというべきである。なぜならば、右の場合には、委託者またはその相続人はいつでも信託契約を解除して信託財産を処分することができるから、信託財産そのものを有している場合と実質的に異らないからである。

(三) しかしながら、本件信託契約においては、委託者である野上辰之助の死亡後はそれから満五年を経過して一定の条件に適合したときにはじめて信託契約を解除することができる旨の定めがあり、この特約は有効である(同法五九条)から、原告ら相続人は少なくとも相続開始後満五年間は信託財産である前記株式を取戻し、これを処分することができないのである。また、右解除制限の特約があるため、原告らは少なくとも右五年間は信託財産について収益(配当)を受け得るのみで会社経営に参画することができないのであり、本件株式のような中小企業の株式の場合は、会社経営権(株式の使用価値)の方が利益配当受益権(株式の交換価値)よりもはるかに重要であるから、本件株式ないしそれを目的とする本件信託受益権の換価性(市場性)は客観的に極めて制限されることになる。このような本件信託受益権の特殊性を考慮すれば、元本及び収益の受益者が同一人であつても、前記通達二〇二の(1)及び(2)によつてその時価を評価するのは妥当でない。

(四) そこで、本件信託受益権の評価にあたつては、右通達二〇二の(3)のロ(元本について、課税時期から受益の時期までの期間に応ずる年八分の利率による複利現価額)によつて評価するのが右通達1(評価の原則)の(2)及び(3)の趣旨に照らして妥当である。すなわち、原告らとしては、早急に資金を要するときでも信託財産を換価できないため、他から資金を借入れなければならず、その場合は信託財産を自由に処分できる場合と比較して支払利息分だけ不利益になる。そして、右支払利息額こそ正に信託財産の時価と右通達二〇二の(3)のロ所定の方法による評価額との差額に相当するものと考えられるからである。

(五) さて、右の評価方法によると、各原告が取得した信託受益権の時価は、原告野上ツヤについて一九一八万六五五二円、その他の各原告について七六七万四六二六円となるから、被告の評価との差額は、原告野上ツヤについて九〇一万五三三六円、その他の各原告について三六一万六二六四円となる。したがつて、被告の本件再更正は、各原告の取得財産額について、右差額分を差引いた別紙目録(二)記載の額を超える部分において違法であるといわざるを得ず、その結果、課税価額及び納付すべき相続税額についても右目録記載の額を超える部分において違法であるといわざるを得ない。

5  よつて、原告らは被告に対し、本件再更正のうち別紙目録(二)記載の各金額を超える部分の取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1ないし3記載の各事実は認める。

2  同4記載の事実については、(一)のうちの原告ら主張の各株式数、一株あたりの時価及び株式の時価合計額並びに(二)及び(四)のうちのその主張の様な通達の各規定があることはいずれも認めるが、その余の点はすべて争う。被告は、原告らがその主張のような株式そのものを取得したとして、右株式の時価より本件再更正をなしたものであり、その明細は別紙再更正分の税額計算明細表記載のとおりである。

3  仮に原告ら主張の信託契約が認められるとしても、それによれば、原告らは信託財産の収益はもちろんのこと、一定期間後には元本をも相続分にしたがつて受益するのであるから、このような場合には、信託受益権の評価においては、信託財産の所有権の法形式上の帰属の問題はともあれ、税法上はその経済上の実質的見地から見て、原告らが信託財産を所有するものと異らないものとして評価すべきである。すなわち、信託財産の法形式上の所有権が受託者に帰属するのは、単に信託の本来の目的(信託法一条)たる信託財産の運用を受託者の才能に委ねるための便宜的、法技術的方法にすぎないものであり、他方信託の利益の全部を享受する委託者またはその相続人は実質的に信託財産を所有するものと考えられるからである。したがつて、本件の場合においては、前記通達二〇二の(1)ないし(2)により、信託財産の時価をもつて信託受益権の時価であると評価すべきであるから、被告において原告らが信託財産である株式そのものを取得したとして為した本件再更正は結果において何ら違法といえない。

また仮に、本件信託契約に原告ら主張のような解除制限の特約が付されているとしても、それによる本件株式ないし信託受益権の換価困難性は、単に一時的ないし主観的な事情であつて、本件信託受益権の時価に影響を及ぼすべき客観的事情に該当しない。すなわち、本件株式の処分が五年間制限されるため、原告らが他からの借入金により資金を調達しなければならないとしても、その支払利息分の損失はその運用利益によつて実質上相殺されるものと一般的に考えられるから、処分制限の有無にかかわらず、本件株式の客観的な時価には特に影響がないというべきである。

なお、原告ら主張の評価方法は、相続開始後五年後に取得する信託財産の元本の評価方法にすぎず、原告らは、元本取得までの間に受益する収益の評価を没却している点で正当でない。原告ら主張の評価額に年八分の割合による収益の現価額を合算すれば、元本取得時期の如何にかかわらず、信託受益権の時価は信託財産の時価に一致するのである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3記載の各事実は当事者間に争いがない。

二  さて、そこで原告らの先代野上辰之助の遺産中に原告ら主張のような株式それ自体が含まれているのか、それとも右株式を信託財産とする信託受益権が含まれているのかについて検討するに、成立に争いのない甲第一号証、原告野上倉之助の供述及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二号証ならびに同原告本人尋問の結果を総合すると、野上辰之助は生前、谷原貢、赤田ミカ及び栗原孝一の三名に対し本件株式を信託譲渡し、同人らに右株式の管理運用を委ね、自らは右株式の配当受益権及び将来の右株式の取戻権のみを留保したことが認められる。右事実によれば、右野上辰之助は、死亡当時右株式そのものを有していたのではなく、単に右株式を信託財産とする信託受益権を有していたにすぎないということができるから、同人の遺産中に右株式そのものが含まれているとしてなした被告の本件再更正は、その前提において誤つている。

三  そこで、右信託受益権の相続開始時における時価をどの様に評価すべきかについて検討する。

1  信託受益権の時価の評価にあたつては、相続税財産評価に関する基本通達二〇二に定めるように、元本及び収益の双方とも受益する場合といずれか一方のみを受益する場合とで差等をつけるのはもとより当然である。本件信託受益権の場合は、前記認定のように、委託者である野上辰之助は元本及び収益の双方とも受益するのであるから、その相続人である原告らも当然その双方を受益する権利を有するのである。そこで、被告は、右のような場合には、信託財産の所有権の法形式上の帰属にかかわりなく、信託受益者はその経済的実質において信託財産を所有するのと何ら変らないから、信託財産の時価をもつて信託受益権の時価であると評価すべきだと主張する。たしかに、信託法五七条、五九条によれば信託契約に別段の定めのないかぎり、委託者が信託利益の全部を享受する場合には委託者またはその相続人はいつでも信託契約を解除することができるのであるから、信託契約の解除について別段の定めのない場合には右被告の主張が何ら問題なく妥当するといえる。

2  ところで、前掲甲第一、第二号証によると、本件信託契約には、委託者死亡後は五年を経過して相続人の全員が同意したときにのみこれを解除することができる旨の特約が付されていることが認められる。右事実によると、原告らは野上辰之助死亡後は少なくとも五年間本件信託契約を解除することができないものといえる。そこで、このような場合にも前記被告の主張が妥当するか否かが問題である。原告らは、右五年間信託財産を処分することができないから、前記通達二〇二の(3)のロにより、信託財産について右五年の期間に応ずる年八分の利率による複利現価額をもつて信託受益権の時価を評価すべきであると主張するのに対し、被告は、右の信託財産の処分不可能性は信託受益権の時価に影響を及ぼすべき客観的事情にあたらないと反論する。

3  そこで考えるに、信託契約の解除につき一定の制限が付されているという事情は、信託受益権それ自体の処分を制限するものではなく、右解除の制限により信託財産の取戻ができずこれが処分を制限されるにすぎないものというべきであるから、右の事情は、信託受益権の時価に直接関連するものではなく、信託受益権の時価の算定の基礎となる信託財産の時価の形成に関連するものと考えられる。そこで、右の事情をも考慮したうえで算定される価額をもつて信託財産の「時価」であると定義するならば、信託受益権の時価を算定するに当り改めて右事情を考慮する必要は全くないのである。原、被告とも信託財産の「時価」の意義を明確にしないまま信託受益権の評価方法を争つているが、信託財産の時価を右のように解するならば、委託者またはその相続人が信託利益の全部を享受する場合においては、信託契約の解除につき制限が存するときでも、信託財産の時価をもつて信託受益権の時価であると評価することについて当事者間に何ら異存はないはずである。

4  そうすると、本件の争点は信託財産である本件株式の時価をどの様に評価するかの点に帰着する。成立に争いのない甲第六号証の五の二によると、被告は、船尾鉱業株式会社の株式一株あたりの課税時期当時の純資産額を算出し、これに類似業種の比準価額を考慮して修正した額(一五一円)をもつて右会社の株式一株あたりの時価であると評価したことが認められ、右事実によれば野上鉱業株式会社の株式についても同様にして一株あたりの時価(五三五三円)を算出したものと推認できるところ、原告らは、右の評価額については争わず、前記の本件株式についての処分不可能性をもさらに考慮して、右評価額から五年の期間に応ずる年八分の割合による複利計算の中間利息を差引くべきだと主張するのである。原告らは、右主張の根拠として、本件株式を自由に処分できないから、資金を調達する必要のあるときは借入金によらざるを得ず、その場合は本件株式を処分して資金を調達する場合に比較して支払利息分だけ不利になり、その支払利息こそ右の中間利息に該当すると主張する。

5  しかしながら、右資金調達の目的が他に運用する場合であつても、他の債務を弁済する場合であつても、これが借入金によつてまかなわれるとき、本件株式は残存しているわけであるから、右元本は五年後に売却できる株式の代金で返済することができ、また支払利息はその間の株式の運用利益(配当)によつて支払うことができると一般的に考えることが可能である。右原告らの主張は本件株式の(自由な)処分が一方において右株式の運用利益を失わせる結果となることを忘れている。すなわち、株式を五年間処分できないという事情は、客観的に収益を生じない無利息の金銭債権を有している場合(この場合は正に弁済期までの中間利息を控除する必要がある。)と同一に論ずることはできないのである。もつとも、五年後の本件株式の時価、配当額及び支払利息の額等は将来の具体的な事情にかかわるものであるから、右のような考え方は単に一般的に妥当するにすぎない。しかしながら、相続税の財産評価にあたつては、過去の所得を算定する場合と大いに異なり、将来起り得べき具体的、主観的かつ偶然的な事情を逐一考慮することは不可能であり、前記通達一(評価の原則)の(3)において「財産の評価にあたつては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」と規定する趣旨は、「一般的で客観的なすべての事情」を考慮するとの趣旨であると解すべきものである。そうすると、相続税の財産評価においては、前記のような一般的な考え方が是認されるというべきであり、これによれば、本件株式の処分不可能性は、被告が算出した前記本件株式の価額に影響を及ぼすべき客観的な事情であると認めることができない。その結果、本件株式の前記意義における「時価」は、被告が算出した右争いのない価額であるということになる。

6  なお、原告らは、本件信託契約の解除制限期間中原告らにおいて本件株式について配当を受ける以外に株主権を行使することができず、本件株式のような中小企業の株式にあつては会社経営に参画できないことは重要な問題であるから、この点は本件信託受益権の換価性に影響を及ぼす事情であると主張する。しかしながら、株主権のうち、利益配当受益権以外の権能は、たとえ中小企業の株式であつても、それ自体固有の財産的価値はなく、また会社経営に参画できないため利益配当受益権が害される場合には、信託契約の性質上当然に契約を解除できるわけであるから、原告ら主張の右事情は、本件信託受益権の価額に影響を及ぼすべき客観的事情とはいえない。

7  以上によれば、本件信託受益権の時価は、被告の評価どおりの本件株式の価額に合致すると認められるから、本件再更正のうち本件株式の評価に関する部分は結果的には正当なものとして是認することができ、この点を論難する原告らの主張は排斥を免れない。

四  そして、本件再更正のうち、本件株式の評価額に関する部分以外の点は当事者間に争いがないから、本件再更正はすべて適法であるということができる。

五  よつて、原告らの本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣 大石一宣 小林克美)

別紙〈省略〉

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